第208号「船乗りの防災」山本海

第208号「船乗りの防災」2024.1.26配信

 2024年の年始は能登半島における地震、津波災害に羽田空港での航空機事故と、毎年のんびりと過ごせていた正月がいかに貴重で、それが人間の都合のみで思い込まれていた常識だったのかを思い知らされた出来事でもあった。
この数年間、全世界を席巻し、収束したとも言い切れない新型ウイルスの拡大で、都市部の物流インフラの弱さをトイレットペーパー越しに覗き見た僕は「災害」というものを強く意識する様になっていた。永続的にとは思わずとも、数日間は自分の住む拠点に支援が届かなくても生きていける術はないだろうかと考える様になった。
かといって船ばかり乗ってきた僕の経験でこれから災害対策を一から勉強し直すことは大変だし、災害対策が施された家なんて建てる資金もない。身の回りでできる範囲から少しずつ始める方法はないだろうかと思案を巡らせてみると、これまで経験してきた船での生活はインフラの限られた災害に強い生活そのものではないだろうかと思えてきた。
試しに始めてみると航海の経験は災害対策と、相性が良いことに気がついたので今日は海からの視点で災害対策を捉え直してみたいと思う。 まず、災害が起きてしまったとき、孤立無縁で生き延びるのはどんな人間でも難しいだろう。救助が来るまでの数日間を耐えるという前提で、自分の家の周りのインフラ、水道、ガス、電気などが停止したとして、陸上に暮らしている場合、何が手に入らず、何を手に入れることができるのだろうかということ、そして何日間ここで過ごすのかを想定しながら、準備を進めていった。
名付けて、防災航海術。
手順は普段ぼくらセイラーが行っている航海計画とよく似ている。
 1)ハザードマップから災害を想定する(海図からフィールド海域を想定する)
 2)自分の家の弱点や強みを考える(自船の性能を考える)
 3)必要な対策と準備をリスト化する
 4)必要なものを積み込む 5)積み込み品を管理する
まずは海図を広げるがごとく、今、自分の住んでいる周辺にはどのような災害が起こり得るのかを想定してみよう。 この場所で起こり得る災害と、災害で被る被害を考えてみる。何はともあれ自分の航海する場所を調べるのは航海術の第一歩だ。
ハザードマップを町役場からもらってきて眺める。海図と一緒で隅から隅まで様々な有益な情報が書き込んであり、読み応えがある。 海岸線に近い場合、まずは津波。地震に土砂災害そして大規模火災、川も近いときは水害、台風あたりであろうか。そして今回のウイルス蔓延も一応想定してみた。
ハザードマップを手に散歩がてら周囲を散策してみる。これは海ではできないことなので新鮮でとても楽しいことだった。ついでに買い物も済ませたりした。
僕の家の地域は台風は何度も来ているが、この土地と家は台風の被害はほぼないと言えるほどに静かに過ごせる。 北、西、南に小高い山を抱えているからだろう。台風の風は北東から始まって強まり、西から南東の風で終わる。台風は被害想定から外しても良いだろうと判断した。それでも電気、水道、などは寸断される可能性がある。特に水の確保は弱点だ。僕の住んでいる地域は遠く離れた水源からパイプラインによって水の供給がなされている。近くには野池や貯水池が多く昔から水の確保が課題だったという証拠だ。
人は水だけで20日以上は生き延びることができる。一方水がなければ三日と持たない。 自分の家の近くで飲用水が湧いていたり、井戸、沢水などインフラとは別ラインで水が確保できる地区は心強い場所と言えるだろう。
地域の特性から災害を捉えるのは、風の予想と海図を照らしあわせて波を予測し、波のない場所を航行する、避難港を設定する、潮流を計算するのと同じ感覚だ。
次は自分の船(家)がどんな船か見てみよう。 家は高台にあり、この地区は津波のハザードマップからは外れている。地震で家が倒壊する恐れはあるが、離れの家もあるので逃げ出せばなんとか暮らせるだろう。
支援が来る経路である高速道路は、津波による寸断の心配はない。地割れは少し心配か。 土砂災害はハザードマップなどからは外れていて、家の裏に崖が迫っているということもない。何より安心感を与えてくれてくれているのが僕の家の上に立派なお寺があるということ。
神社仏閣が好きな僕は、先人の土地を見る目に舌を巻くことが多い。寺や神社は土地の特性と地の利をよく理解し、「良い場所」に建てられていることが多い。
それは東日本大震災の津波被害でも証明されたところが多く、やはり数百年その場所に建物が立ち続けることの難しさと、それを実現できる人の知恵と経験は素晴らしいとしか言いようがない。
自分の家(船)にあった航海の対策を考えることはとても大事だ。それぞれの船に適した走り方があるように家にも適した対策と準備があるのだ。 都会のマンションであれば、ベランダの植木鉢が下に落下したり、飛ばないようにしておこうとか、窓ガラスが割れないようにフィルムを貼ったり、雨戸をしっかりとしたものにしておくとか、川の近くであれば床上浸水が起きても大丈夫なように二階に重要なものを置くようにするとかである。
僕自身は東日本大震災を経験して、当時岩手県に住んでいた経験も役に立った。 津波被害で壊滅的な被害を受けた町でもなんとか三日生き延びれば食糧や水など 生きてく上で必要な最低限度の支援は手に入れられることができるようになる。
普段、色々と文句を言われているが、災害での活動をとってみると日本の行政は優秀だ。迅速に行政が支援を送れないような国であればあっという間に暴動が起き、災害以外にも暴徒から身を守ることまで想定しなければならない。
街の災害情報なども参考にこの家で自活できなければならない日数は3日間と想定した。 あとは航海計画そのものだ。 三日間必要十分な水、食糧、燃料を積み込む。
トイレは都市型下水ではなく浄化槽式なのが助かった。雨水をため、トイレの排水につかえるようにした。 燃料はガスボンベは貴重なので、ロケットストーブがあれば流木を拾ってきて、お湯や簡単な煮炊きできるようにした。これは船を少し改造した感じかな。
まずは水だ。飲料水を三日分人が1日に必要な水分は2.7リットル。多めに1日4リットルを三日分。2ケース買っておけば大丈夫。料理用にもう1ケース加えた。
水さえあれば人は20日間は生きられることがデータで示されているので、食料は実はあまり心配していないが、簡単に調理できるように缶詰や乾燥海藻などを少し買い足した。
庭にも手を加えることにした。大家さんから許可を取り、畑を2箇所作り、さつまいも、里芋、栽培が簡単な香草、ほっといても大丈夫なものを植えた。 さつまいもと里芋はうまくいったので、今年失敗したカボチャを成功させたい。
これは対策というより「やっている」という安心感を得る作用が強い。 RYA(イギリスのヨット協会)の海上サバイバルブックにもライフラフトの釣具は食料確保のためではなく「あなたにやることを与えます」と書いてあったのが面白い。人はやることがあると希望を持てるものだ。
トイレットペーパーの予備を買っている時に、ふと、ローマ時代では海綿を使ったんだよなあ、と思い出した。 海外の帆船で仕事をしているときに船の艤装で数ヶ月滞在したマレーシアでは基本的にトイレにペーパーはなかった。通常は樽と桶が置いてある。デパートのような綺麗な施設でも水が出るホースしかなかった。結局どうやってお尻を綺麗にしたのかわからなかった(一度トライしたが、ズボンとパンツをびしょびしょにしただけだった)があのスキルがあれば・・なんて思ったりもした。 三日間でトイレットペーパーが無くなることはないが、最悪、水で洗い流そうと思う。 ランタンやライト類は普段から良さそうなものがあるとつい買ってしまう癖があるのだけど、しまってあるバックから取り出し、あちこちに配置してみた。
予備の電池と、モバイルバッテリーを全て充電し、1箇所にまとめた。 車のガソリンはこまめに満タンにしておくといい。ここではなんともならない時は一気に離れた場所まで避難しようと思う。日本全国が壊滅状態なんてことはないので、贅沢を言えばいざとなったら移れる拠点もあると良いかと思う。
防災と言われると、不安が先に立ってしまうものだが、海に初めて出るセイラーと同じだ。海にも生活があり、どんな過酷な状況下でも人が行う行為にそれほど違いはないものだ。買った缶詰だって定期的に缶詰でおつまみを作ってみたら食材の管理になる。「特別に防災用」として買い揃えてしまうから期限が切れたりしてしまうのだ。
航海計画のように、具体的に、周到に、自分が起こす行動から必要なものを選択し、家を船に見立てて準備して管理していく。そうすることで、僕の漠然とした不安は一歩一歩解消されていった。
こうしてみると海上に比べて、陸上は準備がしやすい。これだけたくさんの優秀なものが手に入る中で防災グッズとはいったいなんなのだろうかと考えてしまう。海にはコンビニも避難所も備蓄倉庫もない。
もしかしたら防災グッズとは、きっと僕の育ているさつまいもに近いものなのだろう。「安心感」をくれるものだ。 実際に使うものは普段の生活用品にプラスアルファ、または延長で十分なはずだ。
この記事を読んでくれている人ほとんどが海、自然に興味のある人であろうから、是非一度自分の家で海から視点で、防災に対して計画を立ててみてはどうだろうか。災害や事故をなくすことはできないけれど、起こったことから学ぶことはできる。今、大変な時期を過ごしてる僕たちが、この経験を未来に活かせるかが大切なことだと感じている。

一般社団法人スピリットオブセイラーズ 代表理事 山本海
https://spiritofsailors.com/
2024年1月11日|キーワード:海、ヨット、災害