第203号「経験するということ」酒井浩二

第203号「経験するということ」2023.8.25配信

  CNAC事務局の港事務局長から、「酒井さん、会報「うみ※にゅう」のコラムを書いて下さい。」との連絡がありました。(実は昨年も同じ依頼があったのですが、その時は異動直後でさすがにバタバタしていたことから不義理をしてしまい、今回は二度目のお話です。)港さんからのお願いを二度も断ることなんて出来るわけもなく、「喜んでお引き受けします!ただ、最近、自然体験学習に関わることがなかったので、少し変わった視点で書こうかなあ。」というやり取りしました。
私とCNACとの関りは2007年当時国土交通省港湾局で勤務した時です。当時、港湾環境行政は2度目の経験。最初の係長の時には、エコポート政策として、干潟や藻場の普及(技術マニュアルづくり)、廃棄物海面処分場等を担当しました。2度目の勤務となったこの時は、これまで行政主導で進めてきた海域環境の改善を、NPOや市民活動と連携していくことが動き出していました。
 私自身、小学校で行った館山での臨海学校や足柄での山間学校でのキャンプファイヤーや磯遊び、東京湾の夕焼けは楽しい思い出です。YMCAにも通っていましたが、YMCAのキャンプで経験した、野辺山でのカッコーの鳴き声やキツツキの音、阿南でのディンギーヨットやカッターの体験、満天の星空、天の川はいまだに忘れていません。こうした子供の頃の経験は、一生の思い出ですね。
 CNACと関わって、その時、皆さんとお話しして愕然としたのは、「最近の学校は、危ないからということで、臨海学校とかやっていないんですよ。」とのこと。自然と触れ合うことができなくなっている現在の子供たちに、「え?」と思うとともに、CNACの活動がその一助になっている、そのための組織であるとのこと知りました。「海からの恩恵に感謝しましょう」と言っても、海に親しんだ人でないと分からないものです。

 さて、こうした「経験するということ」についてですが、川崎市港湾局に出向していた時、面白い経験をしましたので、ご紹介します。 川崎港とベトナムのダナン港は姉妹港として友好関係を続けています。川崎港はその背後に数多くの冷蔵冷凍倉庫を抱えており、リーファーコンテナを扱っている現地の日系企業を中心に、ポートセールスを行っています。私もダナン港に出張し、現地の日越合弁会社の食品加工会社を訪問しました。この会社では、近海の魚を加工し日本に輸出しています。加工された魚は、病院や老人ホーム・保育園だけでなく、駅などで売っているサバ寿司などにも使われているようです。魚の加工とは、いわゆる「魚の骨」を取ること。ベトナムの現地スタッフをピンセットで一本ずつ抜き取っています。骨が残っている確率は大変低いのですが、それでもその品質を保つために、少しでも取り残しがないようにするにはどうすべきか考え、「ベトナム人のスタッフの方々を定期的に日本に来てもらい、自分たちが作業した魚の切り身をどんなところで、どんな方々が食べているのか知ってもらうこと」。明らかにその品質が上がったそうです。この話を聞いた時、大変感動しました。まさに、「経験すること」が、次の行動を変える、考え方を変えることにつながる例ですね。

 もう一つのお話です。役所のOBのY先輩から、「“暁の宇品”という本がある。大変面白いから読んだ方がいいよ。」とのこと。”暁の宇品”はジャーナリストの堀川恵子氏が、「なぜ、広島に原爆が落とされなければならなかったのか」の思いから、当時の戦争のための輸送や兵站を担った日本の輸送基地=宇品港の陸軍船舶司令部の役割、その役割を担った司令官に光を当てたノンフィクション作品です。私が、強い感慨を覚えたのが、作品に出てくる司令官の一人、佐伯文郎氏です。佐伯氏は、原爆投下直後、市内への道路や鉄道が寸断されアプローチが不可能な中で、その部隊を船を使って市内に向けて前進させ救護活動を最優先にさせる判断をします。なぜ、そのような判断ができたのか。著者も疑問に思い、佐伯氏の経歴を丹念に調べ、そこで気が付いたことがあります。佐伯氏は、若いころ、関東大震災の時、陸軍による支援活動の経験があったのです。

 自然体験活動から、随分、話が逸れてしまっています。「経験すること」の大切さを、私なりに書かせていただきました。コロナ禍が収束の方向になり、子供たちが自然の中で、安全に様々な経験や体験することが出来るようになりますね。

 最後に、研究所としての活動を紹介します。
第23回「東京湾シンポジウム ~近年における東京湾の環境と今後の東京湾に向けた対策・方向性~」を、本年10月13日(金)13:00~17:00、横浜大さん橋ホールで開催します。久しぶりの完全対面方式です。東京湾および閉鎖性内湾の環境研究の情報収集・交換、交流の場として利用していただければ幸いです。

国土交通省 国土技術政策総合研究所 港湾・沿岸環境研究部長 酒井浩二(元国土交通省港湾局国際・環境課総括課長補佐)
https://www.nilim.go.jp/japanese/organization/kouwan_engan/jkouwan_engan.htm
2023年8月15日|キーワード:体験