第159号「漂えども沈まず 悠々として急げ」小池潔

第159号「漂えども沈まず 悠々として急げ」2019.12.26配信

 

鵠沼海岸の我が家から、海沿いに4~5Km西に向かい、ラチエン通りに入ってすぐのところにある茅ヶ崎市開高健記念館。
今の私と同じ(!)58歳で、開高さんがその早すぎる生を終えてから、今年で没後30年、来年は生誕90年ということで、現在企画展『漂えども沈まず~開高健の生き方』が開かれています(2020年3月29日まで)。
――漂えども沈まず。これはまさに海の世界で言えば、中層を生きる遊泳生物、プランクトンとネクトン、中でも水流に逆らって泳ぐことができるネクトンの生き方ですよね(笑)理想です。
かつて寿屋(現サントリー)時代、日本一のコピーライターでもあった開高さんは、古今東西の金言格言などを換骨奪胎して、他にも様々な魅力的な惹句を残しており、いまだにファンの心を掴んでいます。いくつか拾ってみると……
――賢者は海を愛し、聖者は山を愛す。
原典は論語の「子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」でしょう。
海にいると、見るもの感じるもの全てに好奇心がわき、対象となる現象や生き物を含めたすべてに、何でそうなっているのかを問いただしたくてたまらなくなります。磯遊びの大先輩、アリストテレスをはじめ、古の賢人たちは、そうして思索し、知を深めていったのでしょう。海が賢者をつくるともいえるのかもしれません。そんな賢人の先輩たちが残した知のおこぼれで、凡人も海を愛すことが出来るのでした。かたや静謐な山奥の、深い森を突き抜けた木漏れ日が幾筋も霧の中に射しているようなところでは、「何故?」という問いなど、柔らかい落ち葉の中にあっという間に吸い込まれてしまいそうで、達観した聖者になるしかなくなるのかもしれません。
思い浮かぶ海の諸先輩は、皆さん魅力的で最高ですが、『聖者』って感じではないものなあ(笑) ←ホメ言葉です!
――悠々として急げ。
原文のギリシア語からラテン語のfestina lenteになったもので「ゆっくり急げ」と岩波文庫のギリシャ・ローマ名言集では訳されています。さすが開高さん、これを悠々として…にしたところに絶妙なニュアンスが加わりました。
真反対にバタバタとせわしない割に前に進んでいないことに気付く年末。
こんな言葉を見ると汗顔の至りですが、鬼たちに爆笑されても、来年からまた今後のあるべき海辺の未来を実現するために、CNACのみなさまと共に自分ができることをたゆまず実行し、理想に向かって悠々と急ぎたいものです。
12月の真っ青に澄み渡る空、その色を映して輝く海を眺めながらの帰路で決意を新たにしたのでした。

 

CNAC副代表理事/マリンオフィス ムーンベイ代表 小池 潔

2019年12月24日|キーワード:海